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写真を始めたきっかけは、私が30歳の頃、ある人の家に遊びに行った時のことだった。そこで目にしたのが、ハッセルブラッド503にプラナーを装着した一台。その無骨で完成された佇まいを見た瞬間、理屈抜きで心を掴まれた。シャッターを切る前から、すでに「写真」という世界に足を踏み入れていたのだと思う。

 

ハッセルブラッドから放たれるシャッターオン。

「ボソォ、ボソォ」と低く鈍い音が、不思議と心に染み込んでくる。派手さはないが、一度耳にすると忘れられない音だ。レンズ、ボディ、フィルムフォルダー。この三位一体で成り立つのが、ハッセルのシステムカメラという世界。

 

特にポートレイトとの相性は抜群で、ロクロクフォーマットが生む独特の緊張感は、被写体の存在感を静かに引き上げてくれる。正方形という制約が、逆に表現を研ぎ澄ませるのだ。

 

そして何より、NASAが月に置いてきたカメラがハッセルブラッドだという事実。その一行だけで、このカメラがどんな存在なのかは十分すぎるほど伝わる。理屈を超えた説得力が、そこにはある。

 

あれから30数年。中判カメラから大判カメラへと嗜好は移り、表現よりも機材そのものに惹かれ、気がつけば見事な泥沼にハマっていた。だが現実は甘くない。重さに音を上げ、次第に35mm判へと回帰することになる。そこで辿り着いたのが、超高級品として知られるライカの世界だった。

 

M型レンジファインダーは癖が強く、正直なところ自分の感覚とは少し違う。それでもなぜか、M6から始まり現行のM11まで、すべて手元に揃っている。気づけばMレンズは30本。さらにSLや、一世を風靡したQシリーズも5台、防湿庫の中で静かに眠っている。自分でも少し呆れる光景だ。

 

私は根っからのファインダー派だが、レンジファインダーはどうにも苦手。それでも最近購入したヴィゾフォレックス2とM11の組み合わせは、不思議としっくりきている。2025年末、誇らしげに発表されたM EV One。とはいえミラーレス自体はすでに10年以上の歴史がある。前に窓のないEV Oneは、どうしても格好良く見えないのが正直なところだ。

 

ここ最近、ようやくM11にも慣れてきた。しかし自然に体へ入り込むのは、やはり国産カメラの方だと思う。ライカは「撮影体験を楽しむためのカメラ」に尽きる。その分、値段は高く、簡単に手を出せる存在ではない。

 

それでも首からライカをぶら下げて歩いていると、ほぼ例外なく赤の他人から声をかけられる。その光景は、犬を連れて散歩している時とよく似ている。ライカも、どこか人を引き寄せる不思議な存在なのだろう。

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